「罪を憎んで人を憎まず」意味と使い方と例文!孔子の「刑論」に由来
「罪を憎んで人を憎まず」とは? 意味は、犯した罪は罰しても罪を犯した人まで憎んではならない。
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言葉では理解しても心はそうなれない方もいるかと。
Contents
「罪を憎んで人を憎まず」とは?読み方と意味を詳しく!
「罪を憎んで人を憎まず」
読み方は「つみをにくんでひとをにくまず」です。
意味は以下の解説
犯した罪は憎んで罰しても、罪を犯した人まで憎んではならない。
(デジタル大辞泉)
犯した罪は憎んでも、その人は憎んではいけない
なぜ?
実は、犯した罪ならずその人を憎むあまり、自分も罪を犯してしまうからです。
その人にも、罪を犯すまでに至る背景が。
人を憎まずの背景にはそういった要素が潜んでいる言葉です。
「罪を憎んで人を憎まず」の語源は「孔叢子ー刑論」に由来!
「罪を憎んで人を憎まず」の語源は
- ①:「孔叢子ー刑論」の内容紹介
②:「罪を憎んで人を憎まず」孔子の言葉の漢文の原文
について紹介。
「孔叢子ー刑論」で孔子はどういってる?内容紹介
「孔叢子」(くぞうし)
とはどんな書物だ?
以下の解説。
孔叢子(くぞうし、こうそうしは、古代中国の儒家の書物。秦漢から魏晋の間頃に成立した。全23篇。
名目上は、秦末の陳勝の博士だった孔鮒が作者である・
wikipediaより)
その中の「刑論」に以下の記載。
「孔子曰く、可なる哉。古の訟を聴く者は、其の意を悪にくめども其の人を悪まず」
「其の意を」
の「意」の部分が「罪」に当たります。
「孔子」
が言うには昔の裁判官は
「其の意を悪にくみて、其の人を悪まず」
という態度で裁判に臨み、どうしようもないときの処刑に至るのに対し今の裁判官は逆だと述べている。
こういう記述です。
太古の時代に、こういう裁判もあってこういった評価もあったとは、驚きです。
「罪を憎んで人を憎まず」の漢文での原文紹介
以下の漢文。
「古之聴訟者、悪其意、不悪其人」
(昔の裁判官は、罪人の心は憎んだが、その人そのものは憎まなかった)
う~~ん
罪人の心を憎むとは、その人そのものではないのかな~~と、これは少し疑問に思った。
「罪を憎んで人を憎まず」の使い方を場面と例文と会話例で!
この章では
- ・「罪を憎んで人を憎まず」を使う場面。
・使い方を短文の例文で。
・「罪を憎んで人を憎まず」を用いた会話例。
を解説します。
「罪を憎んで人を憎まず」を使う場面は?
「罪を憎んで人を憎まず」を使う場面は
①:事件を考えるとき
ではないかな?
世の中には毎日のようにこのような類のニュースはあります。
それに対して自分はどう思うか?
これってすごく重要だと思います。
具体的な場面を以下の表にに考えてみました。
場面➀ | 当事者の感情 |
場面➁ | 理想と現実のギャップ |
場面➂ | 心の整理 |
場面➃ | 俺は神ではないという考え方 |
場面➄ | 寛容になれるか? |
罪を感じるかどうかは別にして
「葛藤」
が主役に感じます。
当事者であれば、この葛藤は相当なものに感じます。
果たしてそういう気持ちになれるものなのか?
どうなんでしょ?
「罪を憎んで人を憎まず」の使い方を短文の例文で!
以下の例文で。
例文➀ | 「罪を憎んで人を憎まず」とは言うが、被害者感情を思えば決してそうはなれない。 |
例文➁ | 事件の背景を考えると「罪を憎んで人を憎まず」は正論といえる。 |
例文➂ | 「罪を憎んで人を憎まず」というけど、私はそれほど心が広い人間ではない。 |
例文➃ | 「罪を憎んで人を憎まず」はいいが、その方は本当に更生するだろうか? |
例文➄ | 罪の程度によっては「罪を憎んで人を憎まず」が成立するのは納得する。 |
例文⑥ | 「罪を憎んで人を憎まず」この件はそこに追い込んだ周囲の方が一番の真犯人に思う。 |
「罪を憎んで人を憎まず」
これはすごく重いテーマに感じます。
例文に、その思いを込めてみました。
「罪を憎んで人を憎まず」を使った会話例!
以下の会話例で。
「罪を憎んで人を憎まず」って言葉知ってる?
聞いたことはあるけど詳しくは知らない。でも言葉の通りの解釈でないの。
んで。でもそういう気分になれるかが問題なんだな。
そうね~実際その当事者になったらその気持ちは飛んじゃうかも。
この感情は実際の当事者にならないとわからないかもしれませんね。
「罪を憎んで人を憎まず」の類義語(類語)と言い換えは「」!
「罪を憎んで人を憎まず」
の類語はなさそうに思うのですが、あえて以下の言葉を上げてみました。
「性善説」
です。
これ以外に浮かびません。
人間は本来は嘘をつかず正しい行いをするもの。
それが根底にある考え方は
「性善説」
であろうかと。
*私見です
「罪を憎んで人を憎まず」の反対語(対義語)は!
「罪を憎んで人を憎まず」
の反対語を考えてみました。
罪を憎んで人は憎まないのですから、ある意味これは
「性善説」
に立った考え方で、その反対なら
「性悪説」
すべてが悪いほうに「罪が憎ければ人も同じ次元」。
であれば一言でいうなら
「坊主にければ袈裟まで憎い」
が、該当すると思います。
意味は以下の解説。
その人を憎むあまり、その人に関係のあるものすべてが憎くなるというたとえ。
(デジタル大辞泉)
多くの場面で反対語として機能すると思います。
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「罪を憎んで人を憎まず」を英語で表現!
「罪を憎んで人を憎まず」
試しに検索で。
「罪を憎んで人を憎まず」:hate sin and not hate people
よさそうに感じます。
他の英訳も。
Condemn the offense, but pity the offender.
(罪を憎み、罪人を憐れめ)
to hate a crime not a person
「罪を憎んで人を憎まず」
(ヤフー知恵袋)
なるほど~~
これはわかりやすいです。
検索でも意味が通じそうですね。
「罪を憎んで人を憎まず」の思いと感想とまとめ!
「罪を憎んで人を憎まず」
上の内容を以下の表にまとめてみました。
➀:意味 | 犯した罪は罰しても罪を犯した人まで憎んではならない。 |
➁:語源と由来 | 「孔叢子ー刑論」の孔子の言葉 |
➂:使う場面 | 罪に対して考える場面・他 |
➃:使い方を例文で | 「罪を憎んで人を憎まず」というけど、私はそれほど心が広い人間ではない。 |
➄:類語 | 性善説(私見です) |
⑥:言い替え | なし |
⑦:反対語 | 「坊主にければ袈裟まで憎い」 |
⑧:英語表現 | Condemn the offense, but pity the offender. |
意味のおさらいです。
犯した罪は憎んで罰しても、罪を犯した人まで憎んではならない。
(デジタル大辞泉)
この考え方はやはりどうしても
「性善説」
を肯定する考え方に私は思えます。
でも、犯した罪も犯した人も許されるべきものではなく、正しく罰せられるべきだと思います。
ただ、その人に危害を加えるということはまた別の話で、あってはならないこと。
「罪を憎んで人を憎まず」の良いお話!私の人生!
「罪を憎んで人を憎まず」
の良いお話。
いろんな事件や事故の背景に、罪を犯した人の個人的な、そこに至るまでの背景が浮かび上がってきます。
その方の生活の状況や、置かれている立場を知ることによって、社会の不文律を知る場面がありそうですね。
明らかに、自分の立場を利用した悪いことは、無条件に罰せられるべきだと思いますが、貧困や介護が絡んだものは涙を誘います。
自分がそういう立場になったらどうするだろうか?
それを考えるんだっけなあ~~
世の中を見直すきっかけになれば、すごくいいと思います。
それがこの場合の良いことだな。
皆さんはいかが思いますか?
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*へっだーの写真は、私が撮影した鎌倉円覚寺の風景写真です。
とても良い所でした。