縁の下の力持ちとは?意味と特徴はどんな人?英語表現と使い方と例文!

x-pro3で撮影の松島瑞巌寺の正門の3月の写真

「縁の下の力持ち」の意味は、陰で支えるまたは、努力をすることですね。
ではそういう人は、どんな特徴があるのでしょうか?

使い方と例文作成や、英語での表現について考察してみました。
また、語源の由来や歴史的なお寺の話なども、書いてみようと思います。
例えば、自分にとって支えてくれる人、大事ですね。

スポンサーリンク

 

縁の下の力持ちとは?本当の意味を考えてみる!

「縁の下の力持ち」

読み方は「えんのしたのちからもち」です。

 

縁の下の力持ちの本当の意味を考えてみる

 

縁の下の力持ちの意味は以下のようになります。

「目立たないところで、他人のために、支えるために努力をし、苦労すること、またその人のこと」

このような意味になります。
縁の下というのは、目立たない所と言うことなので、「縁の下」と言うようになったようですが、そういう影で、人知れず努力を重ね、支える人のことをいいます。
(が・・最初は違ったのです・・これは由来の場所で紹介します)

考えてみれば、多くの成功者の方には、この「縁の下の力持ち」にあたる方が、どうやらほぼいらっしゃるような、そんな印象を私は受けます。

ただ、その人にとって縁の下の力持ちになる、支えるための目的というのは必ずあるはず。
それはやはり、その人の価値観であって、一律ではなさそうな、そんな感じがします。

対象が人であったり、企業であったり有形無形のものは、それぞれ考えられるかと思うんだな。

 

縁の下の力持ちといわれる方の特徴は?

 

さて??
「縁の下の力持ち」
といわれる方の特徴って、どんな方でしょうか?

例えば、会社の屋台骨を支える・・誰かを支える・・そのために求められる、能力というのを少し考えてみたいと思います。
例えば、社長を支えて絶対に表に出てこない・・しかし彼は、社長にとっては縁の下の力持ちだ。

どういった能力が求められるか?
複数の専門的な知識が求められると思います。
しかも、広範な知識かと思います。

出ないと、縁の下の力持ちになりませんよね。

それともう一つは、自分が表に出ないのですから、献身的でなくてはいけないかと。
「俺がやったんだ!」
これでは、全く縁の下の力持ちにはなりません。
自分が行った仕事であるということは、その実績を表に出さない、献身的な要素が特徴かと思います。

でも、こういう方・・なかなかいませんな~~

スポンサーリンク

 

縁の下の力持ちの由来になったお寺の話!語源は?

 

どうやら「聖徳太子」この言葉の歴史には、無縁ではなさそうですね。
聖徳太子建立の「七大寺」の一つに

「四天王寺」

があるのですが、場所は大阪です。
ご本尊は「救世観音菩薩」(くせかんのんぼさつ)です。
ところで、聖徳太子建立の「七大寺」は以下のお寺を指します。

 

聖徳太子建立の七お寺の名称は?

 

以下のような説明です。

聖徳太子建立七大寺(しょうとくたいしこんりゅうしちだいじ)または、聖徳太子建立七寺(しょうとくたいしこんりゅうななでら)は、聖徳太子建立の伝承のある七つの寺の総称。

法隆寺(斑鳩寺)
広隆寺(蜂丘寺)
法起寺(池後寺、尼寺)
四天王寺
中宮寺(尼寺)
橘寺(聖徳太子生誕地)
葛木寺(尼寺)
(wikipediaより引用)

すごいですね。
今に引き継ぐ、名跡ですね。
さすが、素晴らしい遺産を残してくれたと思います。

 

縁の下の力持ちと四天王寺の関係は?

 

実は、この四天王寺の経供養が行われた「陰暦二月二十二日に大坂の天王寺で、聖徳太子聖霊会」が行われるのですが、奉納された舞

「椽の下の舞」

が語源になっているようです。
ちょっと変なのですが、縁の下の縁が「椽」となっています。
これは「縁」ではないんだな。
漢字一文字ですが、なかなか難しいです。
実は

椽=垂木(たるき)

を意味します。
縁側の縁ではないんです。
縁の下というと、皆さん床下に思うかもしれませんが、実はこの場合の「椽」は垂木を指した意味になります。
垂木というのは、屋根板を支える軒に通す角材のこと。

つまり、言わんとするところは「椽」ですから、押して知るべしですね。
「椽」は軒下や軒先を表した漢字です。

いつから「椽」が「縁」に変わったんでしょうか?
そして「舞」が力持ちになったんだな。
どこでどうなったのかな~~なんて思ったんだな。

が・・この舞は、舞台の「椽」の下で舞い、決して人前には出ないんだそうな。
もっとも、この舞が世に出たのは昭和40年代です。
それまでは、全くの非公開!

誰が見るでもないけれども、舞を精いっぱい舞うために、人知れず努力を重ねてきたわけです。
その努力の舞が、力持ちになったんだな。

スポンサーリンク

 

縁の下の力持ちを使う場面と使い方を例文の作成で!

 

「縁の下の力持ち」
この言葉を使う場面と言うのは、どんな場面でしょうか?
やはり、自分にとって考える場合は、今あるのは誰のおかげか?
他人であれば、あの人があの立場にいるのは縁の下の力持ちのAさんがいたから、と言うような場面かと思います。
私にとっての縁の下の力持ちは誰かということを基準に考えてみました。

 

縁の下の力持ちを使って例文を考えてみた!

以下のように作ってみました。

1:今私がここにあるのは、妻の支えがあったればこそ。縁の下の力持ちとはこのことだな。
2:私の勝手気ままに、自由に時間を使えるのは、老いた母親の若かりしときの支えがあればこそ。縁の下の力持ちと言わないで何と言うだろうか?
3:家の繁栄を影で支えたのは、私の父と母。私にとっては今の生活の基盤を作ってくれた、まさに縁の下の力持ちだった。
4:会社の繁栄を願い、陰に陽に縁の下の力持ちを心がけたが、私は心が折れてしまった。立派な人間ではなかったな。
5:誰でも、自分を支えてくれる縁の下の力持ちの存在が、必ずいるはず。その人の存在を大事にしないと、必ず報いが来ると思う。

以上のように作ってみました。
妻に対しては、縁の下の力持ちと言うよりは、家のまた家庭の共同経営者であって、縁の下の力持ちと言うのはどうかと思いますが、私を支えてくれていると思っています。
いわば妻の存在があればこそ、今の私がある、そう私は思っています。

母の存在は、大きいですね。
老いた母であっても、今でも私にとっては、気持ちの支えになっています。
孝行したいときに、親は無しと言いますが、元気なうちの今こそ、親孝行していきたいなと思うんだな。

結構立場が上の存在で、以前の会社で勤務していましたが、会社の繁栄を願って、縁の下の力持ちに徹するつもりだったのですが、心が折れてしまいました。
まぁそういう器ではなかったか、または場違いだったのかもしれませんね。

おそらくですが、縁の下の力持ちの存在は、誰にでもいるんだと思います。
よくそのことを、認識しながら生きていかないと、そのひとの功を、無にすることになると思うんです。
いちど、自分にとっての縁の下の力持ち、誰でしょうか?
考えてみると、いろいろ思い浮かぶことが出てくるかもしれません。

 

縁の下の力持ちの類義語にはどんなものがある?

 

「縁の下の力持ち」
の類義語には以下のようなものがあるようです。

  • 1:内助の功
    2:名脇役
    3:裏方
    4:黒衣
    5:引き立て役

などなど・・裏方に徹する方です。
陰に隠れた存在で、しかしながら組織やその人のために、懸命に裏方で支えてくれる、さらにはそのための努力を惜しまない方。
そういう、縁の下の力持ちは、とても頼りになる人です。

中には汚れ役を、引き受ける裏方の方もいるかもしれませんね。
それも、れっきしとした「縁の下の力持ち」かと思います。

・・・・・・・・・・
五臓六腑というと、内蔵のことですよね‥そこに染みわたるとは?

五臓六腑の六腑とは?意味や由来と使い方と染み渡る例文や英語表現!

臥薪嘗胆は、もともとは復讐心の表現です。

臥薪嘗胆の使い方や例文は?意味と由来(話)や読み方と英文表現!

しかし、最近は努力・・などにも使われる表現のように思います。
語源の由来や、歴史のお話がとても面白いですね。
・・・・・・・
 

縁の下の力持ちを英語で表現するとどうなる?

 

いつものように検索で

縁の下の力持ち:Powerful under the edge

こういう検索結果ですが、これでいいのかな?
ちょっと判断できず。
ほかの英訳は?

1:unsung hero
2:person who does a thankless task

と出てきます。
こちらの方が、なんか具体的に感じます。
特に2番は、そのまんまに感じるのですが・・
しかし、1番は短くてとても感じいいように思います。

He is an unsung hero.
(彼は縁の下の力持ちだ)

この使い方もいいですね。
これ簡単に感じます。

私はこちらで。

スポンサーリンク

 

私にとっての縁の下の力持ちとは誰だ?言葉の感想も合わせて!

 

「縁の下の力持ち」
について、意味や使い方や由来などのお話について帰ってきました。
意味のおさらいです。

「目立たないところで、他人のために、支えるために努力をし、苦労すること、またその人のこと」

こんな意味になります。
おそらくですが、この言葉は成功者のための言葉だったのではないでしょうか?
しかし掘り下げれば、何もそういう使い方ではなく、個人に対しても普通に使えると私は思います。

もちろん自分に対しても。

 

縁の下の力持ちは自分にとっては誰だ?

 

私にとっての「縁の下の力持ち」は誰かを考えてみました。
どう考えても、これは確定しますが、他人はいないようだな。

身内しかいない、でも普通の方はそうかも知れませんね。
どう考えても、妻と母親しかいない気がする。

仕事上の事は、どうしたって社交辞令以上の事はなさそうだ。
みんな、自分のことしか考えませんから、私のことをどうにかしようなど、もちろん私も感じる事はないですね。

内助の功・・と言う言葉がありますが、これも縁の下の力持ちと同じようなことで、妻の事ですよね。
私も、だいぶ助けられましたし、お互いに力を合わせてやってきました。
私から見ればやはり妻は、「縁の下の力持ち」の存在だと思います。

親と言うのは、基本的に子には責任があると、私は思うんだが、その典型的な私の母親です。
歳をとるに従ってだんだん、自分のことよりも子供のことを考えるんだな。
私のような、60を過ぎた子供でも、いまだに母親の中では少年の如き存在なのかもしれません。

子のために、何かをしてやろうと思うのは、親としてこれは当然のこと。
これも、縁の下の力持ちなのかなぁとは、思うがさて?

皆さんにとっての、縁の下の力持ちはどなたですか?
大事にしましょう。
・・・・・・・・・・・・・
合縁奇縁とは?
人生なんてそういうものかもしれませんね。

合縁奇縁とは?使い方を人生の例文で!意味や由来と英語訳での表現!

罵詈雑言・・意味は?

罵詈雑言とは?読みや意味や由来は?使い方の場面と例文や英語表現!

使い方や例文を、私の例で作成してみました。

*多分私の主観を入れて書いてますので、多少???な部分があってもご容赦ください。
ヘッダーの写真は、一昨年私が撮影した松島瑞巌寺の参道の門の写真です。

スポンサーリンク

関連記事