なぜ「的を射る」と「的を得る」は混同されるのかを仕組みで解く

この言葉は、意味を知っているはずなのに、
「使われる場面」
によって引っかかりを残します。
会話やニュースで耳にすると、何となく通じているようで、どちらの表現が適切なのか
「判断に迷う」
ことも少なくありません。
それは言葉を知らないからではなく、話し手と聞き手が、
「同じ基準」
で中身を思い浮かべていないことが原因です。
「的を射る」と「的を得る」
が混同されやすいのも、結果や納得感だけが共有され、
「そこに至る仕組み」
が省かれたまま使われるため、受け手に曖昧な感覚が残るからです。
「的を射る」と「的を得る」の混同そのものについては、別の記事で全体構造から整理しています。
「的を射る」と「的を得る」はどちらが正しい?混同しやすい表現を解説
Contents
混同は「意味が近い錯覚」から始まる理由

音と意味が近く、使う場面の違いが意識されにくい。
「的を射る」と「的を得る」が
聞き手は細かな語の選び分けよりも、
「この人は核心を言っているか」
を先に受け取ります。
そのため、多少の言い回しのズレがあっても、
「会話として成立」
してしまいます。
ここが、誤用が生まれる入口です。
さらに「的」という語が入っている時点で、比喩の方向性が同じに見えます。
「的=ターゲット」
というイメージが強いので、「当たる・合う」系の言葉なら何でも自然に感じやすいのです。
その結果、
「射る(矢を放つ)」と「得る(手に入れる)」
の動作の違いが意識されにくくなります。
正誤以前に、脳内のイメージが似てしまう。
ここが混同の仕組みの核です。
・「要点を突く」という結果が先に伝わる
・聞き手は細部より結論の納得感を拾う
・「的」が同じで比喩の方向が同一に見える
・動作(射る/得る)の違いが薄れやすい
混同は、知識不足だけで起きるものではありません。
通じてしまう構造があるから、自然に混ざります。
*先に整理しておくと、正解は「的を射る」で、「的を得る」は誤用とされる表現です。
「射る」が遠く「得る」が近い語感の差
混同を強めるのは、言葉としての距離感です。
*「射る」は
弓や銃などを連想する、少し硬くて日常で出番が少ない動詞です。
一方
*「得る」は「理解を得る」「同意を得る」のように、普段からよく使う言い方です。
人は慣れた語を選びやすいので、同じ比喩に見えるなら、口から出やすい
「得る」
のほうへ引っ張られます。
また、「得る」は
“結果を手にする”
イメージがあり、「要点をつかむ」にもつながって見えます。
だから「的を得る」は、初めて聞いた人にも
「なんとなく意味が分かる」
感じが出やすい。
逆に「的を射る」は、比喩としての
「動作(射て命中する)」
を思い浮かべる必要があり、少しだけ頭の中で変換が要ります。
この差が、言い間違いを増やします。
- ・「射る」は日常で使う機会が少ない
・「得る」は定型表現が多く口に出やすい
・「得る」は“つかむ”の感覚に寄りやすい
・「射る」は比喩の動作を想像する必要がある
混ざるのは、難しいからというより“慣れ”の問題です。
口になじむ方へ寄ることで、誤用が増えていきます。
正誤より先に「通じてしまう」ことが誤用を固定する
誤用が定着する過程で大きいのは、
「意味が通じる場面が多い」
ことです。
会議でも雑談でも、
「その指摘は核心だ」
と言いたいときに、たまたま「的を得る」と言っても、多くの人は会話を止めません。
むしろ話の流れが優先され、「言い方は違うけど、意味は分かる」で通り過ぎます。
ここで誤用は“訂正されないまま”積み上がります。
さらに、文章やニュースの引用で見かけると、
「公的に使われている=正しい」
と感じる人も出ます。
こうして「見たことがある」経験が増えるほど、違和感は薄れます。
結果として、正しい形を知っている人の側も、
「指摘すると細かい人に見えるかも」
と感じて、ますます訂正が起きにくくなります。
誤用が強くなるのは、間違いが広がるというより、
「訂正されない環境」
ができるからです。
- ・会話では意味が通じれば止まりにくい
・訂正が起きないと誤用が積み上がる
・引用や文書で見かけると正しそうに見える
・指摘コストが高いほど定着が進む
誤用は「通じる」ことで静かに強くなります。
だから仕組みを知ると、混同がほどけやすくなります。
なぜ「的を射る」と「的を得る」は混同されやすいのかを例文で見る

自信満々な発言ほど、言葉の正確さが試される。
※「的を射る」と「的を得る」は、どちらも分かったような感覚を与えるため、会話や文章で混同されやすい表現です。本章では正誤を断定せず、同じ場面で使われたときに、受け手の印象がどうズレて見えるかに注目して整理します。
*日常会話
1~
❌ その説明は的を得ていると感じたが、どこを評価しているのか自分でも曖昧だった。
⭕ その説明は的を射ていると感じ、話題の焦点がどこにあるのか理解しやすかった。
2~
❌ 彼の意見は的を得ていると言われると、納得感だけが先に立ってしまった。
⭕ 彼の意見は的を射ていると言われ、理由と結論のつながりを意識できた。
3~
❌ 的を得た話だねと言われ、内容よりも雰囲気で合意した感じが残った。
⭕ 的を射た話だねと言われ、どの点が重要かを整理して聞けた。
4~
❌ 的を得ているという言葉に安心して、細かい部分を確認しないまま終わった。
⭕ 的を射ていると言われ、どの部分が当たっているのか考える余地が残った。
5~
❌ 的を得ている発言だと聞き、全体として良さそうだと感じただけで終わった。
⭕ 的を射ている発言だと聞き、具体的に納得できる点を探そうと思えた。
6~
❌ その話は的を得ているとまとめられ、内容の検討が浅くなった気がした。
⭕ その話は的を射ているとまとめられ、焦点を意識して振り返れた。
👉整理コメント:日常会話では、「得ている」が納得感を、「射ている」が焦点意識を強めて聞こえやすい。
*ビジネス会話
1~
❌ その提案は的を得ていると言われ、全体評価だけが共有された印象だった。
⭕ その提案は的を射ていると言われ、判断の基準がどこにあるか見えやすかった。
2~
❌ 会議で的を得ている意見とされ、議論が早めに収束したように感じた。
⭕ 会議で的を射ている意見とされ、論点を深める流れが生まれた。
3~
❌ 的を得た報告だと評価され、細部の確認が後回しになった。
⭕ 的を射た報告だと評価され、重要なポイントを再確認しやすかった。
4~
❌ 上司から的を得ていると言われ、結果だけを褒められた印象を受けた。
⭕ 上司から的を射ていると言われ、考え方そのものを評価された気がした。
5~
❌ 的を得ているという言葉で話が終わり、次の行動が見えにくかった。
⭕ 的を射ているという言葉で話が整理され、次の対応を考えやすかった。
6~
❌ 的を得た意見とされ、全体として良いという評価に落ち着いた。
⭕ 的を射た意見とされ、どの点が判断材料か明確になった。
👉整理コメント:ビジネスでは、「的を得る」は総合評価に、「的を射る」は判断軸の共有に近く聞こえやすい。
*ニュース・政治
1~
❌ 専門家の見解が的を得ていると報じられ、結論の妥当性だけが強調された。
⭕ 専門家の見解が的を射ていると報じられ、論点の位置づけが伝わりやすかった。
2~
❌ 的を得た分析という表現により、全体として正しそうな印象が残った。
⭕ 的を射た分析という表現により、注目点がどこか把握しやすかった。
3~
❌ 記事見出しで的を得ているとまとめられ、内容を深く考えずに読んだ。
⭕ 記事見出しで的を射ているとされ、どの部分が焦点か意識して読めた。
4~
❌ 的を得た発言と紹介され、評価と事実の区別が曖昧に感じられた。
⭕ 的を射た発言と紹介され、主張の狙いが見えやすかった。
5~
❌ 的を得ているという言葉が続き、判断が固まったような印象を受けた。
⭕ 的を射ているという言葉で、議論の入口が示されたように感じた。
6~
❌ 的を得た指摘とされ、異論を挟みにくい空気が生まれた。
⭕ 的を射た指摘とされ、論点を整理した上で考えられる余地が残った。
👉整理コメント:ニュース文脈では、「的を得る」は結論の妥当性に、「的を射る」は論点の当たり所に意識が向きやすい。
*❌は誤用という意味ではありません。
ニュース・行政で混同が残りやすい理由を読む

場が上品でも、言葉のズレは静かに伝わってしまう。
ニュースや行政文脈では、言葉が
・「引用される」
・「見出しになる」
・「短く切り取られる」
ことが多く、表現の揺れがそのまま残りやすい環境があります。
話し言葉の段階で「的を得る」が出ても、意味が通じればそのまま流れ、文字として残ります。
さらに、発言の真意は
「核心を突いた」
という評価にあり、語の正確さは主役になりません。
こうして
「混同」
が“訂正されないまま記録される”ことが積み重なります。
また行政文書では、定型句が多く、書き手が過去の文章を踏襲しがちです。
どこかに紛れた揺れが、そのままコピーされて連鎖することもあります。
評価や批判の話ではなく、文章が増殖する仕組みの問題です。
「混同」
が残るのは、誰かが意図的に間違えるからではなく、正確さが
「優先されにくい」
流れがあるからです。
- ・引用・要約で言葉が固定されやすい
・意味が通じると訂正が起きにくい
・定型句の踏襲で揺れが連鎖しやすい
・正確さより要点が優先されやすい
混同は、拡散よりも「未訂正の蓄積」で強くなります。
仕組みを知ると、違和感の正体が見えやすくなります。
言い換えで意図を具体化して誤解を減らす
「的を射る/得る」で迷うときは、正解を当てるより先に
「何を言いたいのか」
を具体化するとズレが減ります。
たとえば
・「核心を突く」
・「要点を押さえる」
・「論点に合っている」
のように、比喩を使わずに言うと、聞き手の解釈が安定します。
言い換えは態度を柔らかくするためではなく、情報の形を整えるための作業です。
目的別に分けると選びやすくなります。
評価として褒めたいのか、議論を前に進めたいのか、結論をまとめたいのか。目的が決まれば、言葉の型も決まります。
「的」の比喩に頼らない選択肢を持っておくと、
「混同」
による引っかかりを避けられます。
- ・褒める目的:核心を突いている/要点が明確
・議論整理:論点に合っている/筋が通っている
・結論強調:結論がぶれない/焦点が定まっている
・比喩回避:何が当たっているかを一語足す
*参考例文
・その指摘は核心を突いていて、議論の焦点がはっきりしました。
・結論の要点が明確なので、次に何を決めるか迷いにくいです。
迷いが出る場面ほど、比喩より具体語が効きます。
言い換えは、伝わり方のブレを小さくします。
*言い換えの使い方や曖昧さや誤解などで、お悩みの際はこちらが参考になるかもしれません。
「的を射ている」の使い方の注意点と類語と言い換え表現
まとめ|混同は通じることで強くなる
混同は、間違いが悪いから起きるのではありません。
通じてしまう構造が、揺れを残し続けます。
- ・意味が近い錯覚で混同が始まる
・「射る」が遠く「得る」が近い語感がある
・訂正されない環境が誤用を固定する
・言い換えで意図を具体化すると揺れが減る
仕組みを知るだけで、言葉の選び方は安定します。
「的を射る」と「的を得る」の混同そのものについては、別の記事で全体構造から整理しています。
「的を射る」と「的を得る」はどちらが正しい?混同しやすい表現を解説
「的を射る」と「的を得る」の使い分けはどうしていた?

言葉は、使い方ひとつで印象が変わる。
今日もこの猫は、静かに日本語を見つめている。
さて?どうしていたんでしょうね?
「的を射る」
この意味は明快です。
はなしの核心や、問題点の急所を言い当てている際に
「その内容は的を射ていて、完璧な指摘だ」
こんなお話になろうかと。
これは普通に私は使っていました。
勿論、今でも同じ気持ちですし、もし使う場面があったら同じとで使います。
さて・問題は「的を得る」です。
こちらは正直そんなには使った記憶がないんだな~~
しかし、こちらの
「的を得る」
も一般的には同じ比喩表現で使われてるのが、実際の会話の現場。
「的を射る」
の言葉と同じ目的で使っても、実際は
「的を射る」(核心)
という意味で使っても、ほとんどの場合は問題ありません。
が・・これは誤用です。
「的を得る」
は「得る」んです。
つかみ取る。
会相手が核心部分をついた発言をした場合に、使うのはやはり違和感があります。
「得る」
のですから。
文字の通りに解釈するなら
「的を得た」
のは私自身。
相手の発言から、これは核心だと自分が判断した時点でこれは、自分自身が
「的を得た」(確信した)
ということかな??
これはよくありますね。
「語るに落ちる」
ということわざがありますが、その場で指摘しなくとも
「確信を得る」
ことは多数の場面であります。
なんとも、日本語は難しくややこしいですね。
皆さんは如何ですか?
*私の個人的な感想です。
*一番上のヘッダーの写真はわたしが撮影した、八幡平の6月の風景写真です。
とてもいい風景です。
※イメージとして、AIで作成した画像を使用しています。








